すっかり短絡的(シンプルに考えてる?)

さてさて、今年に入ってからいろいろなことが起こっております。
そしてパソコンから離れていることもある意味いいことなのかもなと。

冷静に客観的にみて、自分のブログが面白くない。・・・。
反省しかないですけど。これ以上は無理だなって。かっこつけても良いものは書けません。

ブログのこともそう。最近の近況についてもそう。

なかなか複雑です。どの結論にも一長一短あって決断し切れなくて
時間だけが流れていっているような気がします。

まぁ、なるようにしかならないような気もしていますし。

それにしても、シンプルに考えることって難しいと思いませんか?
こうだからこう。決めてしまうと短絡的で稚拙な感じがするなって。

あれがこう。それがこう。いくつかのことが頭の中をぐるぐると。
そして結論が出ずに時間が過ぎ、忘れていく。

忘れるって便利です。
忘れる為の読書、忘れる為の音楽。僕にとってはとても重要なツールでございます。
助けられてるって思うこともしばしば。

・・・本題。

短絡的とシンプル思考。
なんとなく「短絡的」って言葉を聞くとネガティブなイメージ。
ちょっと考えが足らないんじゃない?って雰囲気が漂っている。

皮肉なそしてちょっと相手を馬鹿にしている印象がないですか?
僕だけでしょうか?

そんな「短絡的」って言葉。

意味は

[形動]物事の本質や筋道を深く考えずに、原因と結果などを性急に結びつけてしまうさま。「―な考え方を戒める」

意味は、印象そのままでした。
性急にってところがポイントかも。何でも性急に結論付けたがる方も多いですよね。
そのほうが話が早いのは事実なんですけどね。
その速さが、間違いをさらに間違いへ推し進めていくんだなって思いました。

そして、その間違いの中を生きているとき(人によっては思い込みと言う?)間違いには気づかない。

ある程度進んで、ちょっと足を止めたときに。
ゆっくりと周りを見渡したときに。
言いづらかったことを言いづらかった人に伝えたときの反応を見たときに。

・・・何これ?ってなる。

思ってたのと違う。そして、正解はこっちだってなる。

・・・特にこうなるのは空気読んでるときになるんじゃないかなって思ったりしたんで。

また脱線しましたが。

一方、「シンプルに考える」
こうだからこう。

自分が主軸にいますね。自分が感じた(ネガティブでもポジティブでも)。
それに応じてこうしよう。ああしよう。(すぐに行動が決まります。)
行動が決まれば、実行に移すだけ。
うまくいけばOKだし、そうでなければ次の手を考えると。

幸せと言えばそうですが、ちょっとしたことにも反応をしすぎていると
行動目白押しで疲れてしまいます。

シンプルに考えることってリスクも多いですね。
考え込むこと、悩むこと、迷うこと。共通するのはとても体力・エネルギーが必要。
それならシンプルに考えて行動にそのエネルギーを使いましょう。

そっちのほうが自分にとっても周囲の人にとっても有益なことが
多いように思います。

スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

スポンサーリンク
スポンサーリンク